福島地方裁判所 昭和26年(行)16号 判決
原告 山浦久馬
被告 福島県公安委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告は「被告が、昭和二十六年七月二日原告に対してした運転免許取消処分を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、
原告は、かねて自動三輪車の運転免許(第一、九二三号)を受けたものであるが、被告は、昭和二十六年七月二日道路交通取締法第九条第五項、道路交通取締令第四十九条の規定により、原告の運転免許を取り消す、との処分をした。その理由は、「原告が、飲酒の上前照燈の不完全な自動三輪車を時速二十五粁で運転中、その過失によつて安藤房吉と衝突し、同人を死に至らしめた。」というのである。
なるほど、右事故が発生したことは事実であるが、しかし、それは原告の過失によつて生じたものではない。すなわち、原告はその日少量の酒を飲んだだけで、自動三輪車を運転する時分には、少しも酒気を帯びていなかつた。又、自動三輪車の前照燈も完全であつたし、その速度も普通であつた。ことに原告は、路上にいる安藤を発見したとき、警音器を鳴らし続けたのであつた。ところが安藤は、これに気ずかなかつたのであつて、右事故の原因はむしろ安藤が盲目であつたこと、加えて事故の現場附近に砂利が積んであつて、日ごろの状態と違つていたこと、などの悪条件が重なつたためである。
仮に、右事故が原告の過失によつて生じたものとしても、本件処分は重きに失する。会津地方の前例によれば、本件事故と同種の事案において、その運転手はいずれも運転免許停止処分を受けたにとどまる。ところが本件事故の外にはかつて、交通事故を起したこともなく、又、安藤の遺族に対しても、できるだけの弔慰をつくしている原告は、前記のように運転免許取消処分を受けたのであり、前例にくらべて著しく不公平である。
かように、被告のした本件運転免許取消処分は、違法であるから、原告は、その取消を求めるため本訴に及んだものである、と述べた。(証拠省略)
被告は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、原告の主張事実中、原告が自動三輪車の運転免許(第一、九二三号)を受けたものであること及び被告が昭和二十六年七月二日原告主張の理由により、その主張のとおり原告の運転免許を取り消したことはいずれもこれを認めるが、本件事故が原告の過失によるものでなく、又、右処分が重きに失する、との原告の主張はこれを争う。右処分の理由に掲げたように、本件事故は原告の過失によつて生じたのであり、しかも原告は過去においても、飲酒の上交通事故を起しているのであつて、自動三輪車の運転手として不適当である。従つて、本件処分には原告主張のような違法のかどはない、と述べた。(証拠省略)
三、理 由
原告が、かねて自動三輪車の運転免許(第一、九二三号)を受けていたこと、原告が自動三輪車を運転中安藤房吉と衝突し、このため安藤が死亡したこと及び被告はこの事故を原告の過失に基ずくものと認定し、昭和二十六年七月二日原告の運転免許を取り消す、との処分をしたことは、いずれも当事者間に争なく、乙第三、六、八、九号証、証人伊藤文造(第一、二回)、藤田進一郎、佐藤政輝の各証言及び検証の結果を総合すると、右事故の日時は、昭和二十六年五月十七日午後十時五十分ころであり、その現場は、若松市大町五丁目二百六十二番地煙草屋旅館前の街路上であつて、この路は、若松市大町から北方若松駅に通じその幅員は、事故現場附近において九、八米であるが、当時右旅館に接着し、街路の西端からその内側へ約一米に亘り、三坪分程度の砂利がたい積していたことを認めることができる。この認定に反する証拠はない。
そこで、本件事故が、原告の過失によつて生じたかどうかについて考えるに、右事実と甲第四号証、乙第二、四、七、八号証、証人米山藤太、中村忠正、星芳蔵、藤田進一郎、佐藤政輝の各証言、原告本人尋問の結果(第一、二回)及び検証の結果を合せ考えると、次の事実が認められる。
「原告は、当日夕刻ころ東山で開催された福島県自家用自動車組合総会に出席した。同所で一人当り約一合五勺平均の酒が出て、原告もこれを飲んだ。午後十時二十分ころ原告は、自家用自動三輪車を運転して東山を発したが、酒に酔つている程の状態ではなかつた。原告は、途中商用で中村忠正及び星芳蔵方へ立ち寄り、更に右自動三輪車を操縦しながら、若松市大町方面から若松駅方面に向、前記街路を時速三十粁ないし三十五粁の速度で進行し、午後十時五十分ころ若松市警察署大町交番前を通過した。すると間もなく、原告はその前方約三十米先の路上にいる安藤を発見した。安藤は盲目のあんまで、その時右街路を大町方面に向つてながしているところであつた。原告は、安藤がその場に停止しているものと漫然と信じ、わずかに右にハンドルを切りつつ時速約三十粁の速度で安藤の右側(東側)を三尺の間隔を保つて通過しようとしたところ、安藤が自動三輪車の前面に歩みを移し始めたのを、約五米に接近して、これを認め、あわてて急制動をかけるとともに右にハンドルを廻わしたが間に合わず、自動三輪車の左前部を安藤に衝突させた。同夜は雨もよいで、附近には安藤以外に人車の交通はなかつた。」
前記各証拠中、右認定に反する乙第二号証の記載部分、証人藤田進一郎、佐藤政輝の各証言部分及び原告本人の供述部分は、前記各証拠と互に対照して信用しがたく、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。なお当時、右自動三輪車の前照燈が不完全であつた、との被告の主張にそう乙第三号証及び菅家善治、佐藤政輝の各証言は、証人渡部六郎の証言(第二回)、同証言により真正に成立したと認める甲第三号証及び被告本人尋問の結果(第二回)と対比してにわかに信用できないし、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。
しかし、自動三輪車の運転手が、人車の交通もまれな夜ふけに、その進行方向三十米先の路上にいる者を発見したときは、運転手としては他に注意すべき人車の交通もないのであるから、絶えずその者の態度、様子に注意するとともに、直ちに警音器を鳴らしてこれに対する同人の反応を見きわめ、しかもなお、同人が自動車の進行に気がつかないで待避する様子も見えないときは、緩急に応じていつでも停車できる程度に速度を落すなど、事故の発生を未然に防ぐだけの処置をとるべき義務がある。ところが原告は、わずかに右にハンドルを廻わしただけで、それ以上の措置をとらずに漫然と進行したため、本件事故が起きたのであつて、原告には前記注意義務を怠つた過失があるものといわなければならない。
次に、原告は「本件運転免許取消処分は、前記にくらべ重きに失する。」と主張するが、処分の当否は、当該事案の具体的事情によつてこれを決すべきところ、原告提出の全証拠によつても右主張を支持するに足る事実を認めがたい。かえつて、証人塚原由男、藤田進一郎の各証言によると、原告は日ごろから粗暴な運転をする傾のあることが認められる上に、乙第一号証及び証人渡部六郎(第一回)冠木時彦の各証言によると、原告は昭和二十五年六月十二日ころにも酒に酔つて自動三輪車を運転し、電柱と衝突して同乗者の冠木時彦を負傷させたことが認められるのであつて、この事実に、さきに認定した事情を考え合わせると本件運転免許取消処分は、被告の裁量権の範囲内にあることが認められる。
そうすると、被告のした本件運転免許取消処分には、原告の主張するような違法のかどはないから、原告の本訴請求は、失当として、これを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条の規定を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 斎藤規矩三 西川正世 篠原弘志)